アメリカの司法試験と日本の司法試験の違い
アメリカの司法試験と日本の司法試験の違い
弁護士の上田です。2018年7月頃から、秋篠宮家の長女眞子さま(26)との婚約が内定している法律事務所社員(パラリーガル)の小室圭さん(26)について、ニューヨークのフォーダム大学に3年間留学し、アメリカの弁護士資格取得を目指すことが報道されています。そこで、今回は日本と米国の司法試験の違いを書きます。ただし、司法試験に関しては、米国の制度が優れているということではなく、日米の社会の成り立ちや考え方の違いを反映している制度であると思います。
1 アメリカの司法試験は日本の司法試験の10分の1以下の勉強量で合格できます
私も小室さんと同じく日本の司法試験を経ずにアメリカの司法試験に挑戦しました。良く言われるのですが、アメリカの司法試験は日本より相当に簡単です。具体的には、ゼロからスタートでも、3ヶ月必死に勉強すれば合格できます。私も3ヶ月間1日15時間必死で勉強したら合格できました。そのとき、後述のように英語対策の比重が大きかったことと、私が日本で民事訴訟法(民訴)と刑事訴訟法(刑訴)の履修していなかったことからアメリカの民訴(New York Civil Procedure)と刑訴(Criminal procedure)に大変苦労したので、もし私に帰国子女並みの英語力があったり、日本の司法試験に先に合格するほど法律の基礎をしっかり勉強していたら、もっと楽に合格できたと思います。これに対して日本の司法試験合格には早くても3年(予備試験合格に2年、司法試験に1年)はかかりますから、アメリカの10倍以上勉強が必要です。
アメリカでは、日本で法学部を卒業している場合はロースクールの1年コース(L.L.M.)を終了すれば司法試験の受験資格を得られます。日本の法学部をでていない場合はアメリカ人と同じ通常の3年コース(J.D.)を経ないと司法試験の受験資格を得ることができません。小室さんは日本の法学部を出ていないので、3年コース(J.D.)に留学されるようです。ロースクールの1年コース(L.L.M.)は、ロースクールの3年生にあたり、破産法や銀行法等の専門法のみを学びます。憲法、民法、刑法、民訴、刑訴のような司法試験受験科目は1年コース(L.L.M.)では学びません。
9月に入学し翌年5月にロースクールを卒業すると、そこからアメリカの司法試験予備校(BAR BRI)に通って、司法試験受験科目をそれこそ一から勉強し、8月上旬(現在は7月)の司法試験(択一と論文)を受験し11月頃に合否発表があります。したがって1年コース(L.L.M.)卒業生は、3ヶ月で試験科目すべてを一から勉強する必要があります。3年間勉強したアメリカ人の合格率は5〜7割くらいのようです。
2 アメリカの司法試験にも日本の受験テクニックは非常に有効です
さすがに3ヶ月で一から勉強するのは結構大変ですが、そこでは日本の受験テクニックが大いに役立ちます。当時のニューヨーク大学ロースクールの日本人留学生(大部分が企業派遣留学生と旧司法試験を若くして合格した大手事務所の弁護士)は殆ど合格していましたが、皆さん試験テクニックに長けていたのでしょう。 およそペーパー試験の突破法は万国共通だと思いました。アメリカ人学生の中でも、英語がイマイチという大きなハンディがありながら日本人留学生の合格率が高いのは有名で、私も司法試験予備校(BAR BRI)で複数のアメリカ人学生(再チャレンジ組)から「どうやって勉強しているのか」と真顔で尋ねられました。
3 具体的な受験テクニックの紹介
受験テクニックの基本は、情報収集を尽くして、自分にあった、合格に必要な最短距離の勉強プランを事前にたてること、その計画を進捗管理しながらストイックに実施することと考えます。私は、当時、大学受験のときに思いつきの勉強法を繰り返して効率が非常に悪かったことを大いに反省していたので、今度こそ上手くやろうと張り切って勉強法を磨きました。具体的には、ニューヨーク大学ロースクールの日本人留学生仲間との情報交換を念入りに行い、過去の日本人合格者からの「合格体験レポート」を入手して、それに従って勉強プランを立てました。せっかくなので以下に紹介します。
まず択一試験(マークシート)では、問題文が結構長いので、英語問題を読むスピードを飛躍的に上げることに努力を集中します。アメリカの司法試験は殆どが基本的な知識しか問わないので、主なルールさえ頭に入れておけば、細かな知識を問う問題を捨てても、問題文をしっかり読んで考える時間を確保できれば合格ラインを超えます。しかし、当初は殆どの日本人留学生は時間内に問題文すら読み終わることすらできません。TOEIC900点クラスの英語力では、最初は歯が立たないのです。そこで、司法試験予備校(BAR BRI)の問題集をやりながら、問題文を読むスピードを倍にあげるよう、一問読み終わる時間を細かく計測して、毎日カレンダーに記録つけて進捗管理をしていました。
論文試験では、規範(法律のルール)の英語丸暗記に集中します。大事なのは、本番の答案作成の場面で暗記した規範以外の英語文章は書かないと決心することです。論文も時間がないので、その場で新しい英語文章を考えていると時間がすぐに足らなくなりますし、さらに下手な英語文章に冷たい(善解してくれない)アメリカ人も多いので採点上非常に不利になるおそれが大きいのです。そこで最初の2ヶ月で司法試験予備校(BAR BRI)の受験本から、使えそうな規範(法律のルール)を1500くらい抜きだして規範カードをつくり、残り1ヶ月で全部を丸暗記しました。試験では丸暗記した規範(法律のルール)の単語のみ変えて「あてはめ」することを守り抜きます。そしてできるだけ多くの論点を拾って、丸暗記した規範(ルール)とあてはめを書きまくります。論文試験でも基本的な知識を問う問題が中心で、「ひっかけ問題」や「初めて見る論点」は殆どありませんから、深く考えずに書きまくることが大事です。
3ヶ月しかないので、余計なことは一切しません。司法試験予備校(BAR BRI)の受験本のみに集中して、基本書・判例本も過去問もやらず、模試も答案練習会もやりません。それでも頑張れば合格できます。
4 日米の法曹育成に対する考え方の違い
ただし、司法試験が日本より簡単だからといって、アメリカの法曹関係者のレベルが日本より低いことになりません。比較的楽に弁護士になっても、弁護士になったあとの競争が厳しくて、顧客に支持される人しか生き残れない(弁護士を辞めて他の仕事をすることも多い)ので、弁護士を続けることは大変なのです。つまり、試験ではなく実務で淘汰されるのです。一般企業でも実力主義が徹底していて、社歴が短くても、能力があり実績を上げた人が出世するスピードも日本とは比べ物にならないくらい早いです。アメリカはやはり実力重視の国で、人の能力評価においては試験結果に過度に重きをおかないということでしょう。さらに、アメリカでは優秀な弁護士で、弁護士を数年~10年以上経験した後でビジネス界に転身して活躍し、普通の(法務担当ではない)経営者として成功する人も非常に多いのです。私が以前所属したアメリカ大企業でも、本社取締役に元弁護士の普通の役員が何人かいました。これに対し日本では、数年間弁護士をやってからビジネス界に転身し、大企業で普通の役員(法務担当や社外役員ではない)になっている人が殆ど存在しません。
もっとも、アメリカでは労働者の解雇が自由(いかなる理由でも解雇が可能)な州が多いので、社会全体として雇用の流動性が極めて高く、転職して仕事を見つけることが日本よりはるかに容易な社会であるからこそ成り立つシステムです。日本のように、解雇のハードルが非常に高く、最近変わりつつあると言っても年功序列や終身雇用の制度が色濃く残る社会ではあてはまらないとも思います。
日本の司法試験は、本当に大変でした。暗記すべき量が半端なく多いし、論文試験で解答を書くときは高度なテクニックも要求されます。前述で3年間の勉強が必要と言いましたが、実際には4〜5年以上かかっている人が多いと思います。アメリカの司法試験が「実務で必要な知識の習得を確認する」試験とすると、日本の司法試験は明らかに「定員を絞って落とすため」の試験です。小室さんも、日本で生活するならアメリカの弁護士資格のみでは仕事が限定されるので、将来日本の弁護士資格取得を目指すことになる可能性もあると思いますが、そのときは私と同じような苦労をするでしょう。
しかし司法試験に合格して思うことは、日本の法曹の養成システムはあまりに暗記中心の試験勉強(座学)に過度に偏重しすぎているということです。そのせいか法曹を目指す学生に司法試験に関係ある勉強以外に興味が非常に薄い方が多いのも育成の面で大変気になります。特に、司法試験合格後、裁判官や弁護士になる前の1年間の司法修習期間でも、座学のペーパー試験(二回試験)勉強ばかりを課すことはやりすぎと思います。司法修習期間は、試験対策以外の幅広いスキルの習得に軸足を移し、実務的で有益な研修に集中すべきです。ちなみにアメリカには司法修習そのものがありません。
若く柔軟な頭脳を持っている時に、試験勉強ばかりに追われるのでなく、もっと幅広い経験や試験勉強以外の勉強を重ねた方が、長期的には国民に役に立つ弁護士を育成することができると思います。
働き方改革と企業競争力の両立
働き方改革と企業競争力の両立
弁護士の上田です。
私は弁護士になるまえに、経営者・人事管理責任者として労務管理の問題にも深く関わってきましたので、労務管理関係のお話をします。
1 社長さんからの働き方改革実施に関する質問
最近ある社長さん(中小企業)からこんな話を聞きました。
「働き方改革推進の要請に応えて、我が社でも残業時間削減を強く推進すべきか悩んでいる。実は、結構残業が多いので、以前から減らすべきだとは思っていたが、現実に上から旗をふろうとすると、幹部から慎重論も強い。まず残業時間削減を現場に強制すると、ライバルに後れをとってしまい業績が悪化するのではないかという懸念が強い。さらに残業代削減に反対する社員も多いし、長続きしないにきまっている、などと言われている。」
2 社長さんの懸念は当たっています。
確かに社長さんの懸念は当たっています。会社が単に「早く帰れ」とだけ命令すると、以下のように副作用が強くでてしまうのです。 前提として、この社長さんの会社ではサービス残業は存在しないようです。
(1)企業競争力の毀損
会社はライバルと常にギリギリのところで争っています。 残業時間削減がサービスの量や品質の低下に直結してしまうと、競争力が減少してしまいます。現場は「ライバルに負けないために」残業してでも頑張っているのだから、「残業するな」と言えわれると「負けても良いのか」と反発がでてきます。業界でトップクラスになりたいというモチベーションも下がります。
(2)残業代減少に対する社員の反発
長らく残業が多い状態が続いている会社では、残業代が社員の「生活給の一部」となっていることが良くあります。生活設計が残業代を前提になされているので、急に残業代が減少すると、社員から生活が苦しいとの反発が非常に強くなります。
また、遅くまで仕事を頑張っている=会社に貢献しているという意識の強い社員程、「遅くまで残るな」と言われると自己否定されたような気持ちになり、モチベーションも下がってしまう可能性もあります。
(3)過去に長続きしなかった
実は多くの会社で、過去に残業時間削減の取り組みが行われてきて、かつ、数年すると元に戻っていたという歴史もあります。大手企業でも、労働基準監督署が入ってサービス残業を指摘されると、早帰りを全社で推進して達成しますが、数年してほとぼりが冷めるとまた元に戻るということを何回も繰り返している例もあります。(1)と(2)の問題が大きいので、短期間は残業を抑えても、市場環境や業績の激変のような「緊急事態」が発生すると、容易に長時間残業が復活しやすいのです。過去にそういう経験をしていると、社員も今回の取り組みにも半信半疑となりやすく、抜本解決に取り組むモチベーションもでてきません。
3 私からのアドバイス 本気で取り組めば解決も可能です
このように働き方改革の実践は結構大変なのですが、目的意識を持って徹底的に取り組めば、前述の(1)ないし(3)の反発・副作用を乗り越えて上手くいく可能性もあると考えます。ポイントは、働き方改革を「政府から要請されたから仕方なく行う」のではなく、「企業競争力の向上の機会と従業員のライフスタイルの改善」を全て達成する絶好の機会と捉えて、複数の改革を同時かつ徹底的に行うことです。
言い換えれば、コンプライアンス(法令遵守)を「強制されてやむを得ずに行う事」と捉えずに、コンプライアンスを守ることで企業競争力の向上を達成すると捉える考え方になります。 まさに働き方改革をそのように企業競争力の向上と従業員のライフスタイルの改善の機会と捉えるのです。
4 改革の考え方
(1)残業時間削減よりも、付加価値の低い業務の削減を重視する
単に「働き方改革のために残業時間を減らせ」と上から指示を下すことも多いのですが、How to do(どうやって)の部分を現場に丸投げすると、現場が酷く混乱します。それが「負けても良いのか」との反発に繋がります。それよりも、この際、業務の贅肉をそぎ落とすように、徹底して付加価値の低い業務を削減することを目標におくと良いと考えます。
そして、この際、残業時間削減より多く時間の付加価値の低い業務を削減することを目標にしたいところです。例えば、総労働時間を10%削減することが目標ならば、20%の業務を削減する目標にするのです。どんな業務を削減すべきかを上から具体的に指示しても良いでしょう。
余った10%は新規戦略的に取り組む業務にあてます。そうすることで後ろ向きの仕事だけでなく、前向きな企業競争力の向上の施策になります。
残業が多い会社にありがちなのですが、社員が自己防衛の(周りに合わせるため)ため無意識に「付加価値は高くはないが、楽でかつ頑張って見えるような仕事」を抱え込んでいるケースもあります。1人だけ早帰りすることは上司及び同僚との摩擦を生むと考えて、そのような仕事を無意識に抱え込むのです。さらに遅くまで仕事していることが人事上の高評価に繋がると社員が感じている会社は、そのような仕事が多くなる傾向にあります。そのような仕事をあぶりだして削減することが目標です。
付加価値の低い業務の削減は相当に大変です。しかし、やる価値は大いにあります。
(2)削減した残業代は社員に還元します
削減できた残業代の大部分は従業員に還元すると良いです。給与のアップで還元すると
固定費の増加を招きますので、賞与などの変動費として還元します。
上記(1)の付加価値の低い業務の削減は大変なので、社員の負担は大きくなりますから、その上でさらに報酬を減らされては、反発が大きすぎるからです。逆に報酬総額がそれほど減らずに早帰りができるのなら、(1)に率先して協力しょうという意欲もでてきます。
企業にとって、働き方改革は、コスト削減(残業代の削減)ではなく、企業競争力の向上が主目的と考えると良いのです。
(3)永続する改革とするために、意識改革に繋がる施策を実施します。
改革を永続させるためには管理職を含む従業員の意識改革も不可欠です。意識改革は、長年擦り込まれた考えを変えることですから時間も根気も必要です。そのために、就業規則、報酬規定、業績考課制度を変更します。部下の人事評価権を持つ管理職に対する、評価スキルについての研修・トレーニングも重要です。
このように徹底した改革を実施する事で、「どうせ長続きしない」という社員の不安・不満も取り除かれます。
5 実践方法
ここまで言うと、「絵に描いた餅」「机上の空論」という反論も出てくるかもしれません。
確かに、この戦略の実践は簡単にはいかないと思いますし、緻密な実践戦略と現場での改善つまりPDCAを何度も回していくことも不可欠です。
大変ですが、これができれば他社に差別化できます。
私は、弁護士ですが、現場や実践に強い経営コンサルタントでもあります。具体策でお悩みの方がいらしたら是非ご相談ください。一緒に考え・悩んで解決策を見つけましょう。
弁護士の上田です。 弁護士になった理由を説明します
弁護士の上田です。ここで簡単に自己紹介を致します。
私は、東京大学法学部を卒業後メガバンクで10年勤務したのち、外資系経営コンサルのマッキンゼーや外資系保険会社の執行役員本部長と副社長を経て、40歳代になってから一念発起してロースクールに入りなおして司法試験に合格し弁護士となりました。大学学部は法学部でしたが、当時はまじめに勉強していなかったので法的素養の蓄積はなく、年とってから一から司法試験にチャレンジするのはなかなかキツかったです。司法研修所(司法試験合格後、弁護士や裁判官・検事になるまで全員1年間研修します)でも私のような経歴の方は見当たらず、相当珍しがられました。
ここまでお話しすると、必ず、「なぜ、今更弁護士になろうと思ったのですか?」と聞かれます。そこで、これから、私が弁護士になろうと思った理由を説明します。
弁護士を志した大きな理由は、メガバンク勤務中のニューヨーク大学ロースクール派遣留学時代の経験にあります。留学前、私は、米国の司法制度について相当懐疑的な見方をしていました。訴訟社会で濫訴になっているし、弁護士が多すぎて、司法関係者を支える社会経済的コストが大きすぎることで国益を損なっているのではないか、と。 ところが、米国で、友人やロースクール関係者と話をするうちに、米国では弁護士や司法制度が国民から真に頼りにされていて、実際にも役に立っている事実に非常に感銘したのです。確かに濫訴の側面はありますが、それだけ司法的救済が身近な存在で効果的だからこそ、国民が困ったときに躊躇なしに司法を頼ることができるのだと思います。米国の濫訴の部分は反面教師としながらも、司法的救済が身近である部分は日本も学ぶべきと強く思いました。そのときから、いつかは弁護士として、人の役にたってみたいという思いを抱いていました。これが弁護士になろうと思った大きな理由です。
その後、日本でも司法改革が唱えられ「市民に身近で利用しやすい司法」を実現しようという機運が高まっているという報道に触れて、日本も米国の良い点に近づけるのではないかと大いに期待したのです。もっとも、司法改革の始まりの時期は、当時の仕事が非常に面白かったせいもあって、実際の勉強の開始はのびのびとなり、私がロースクールに入学した時点では、既に司法改革の負の側面ばかりが目立っていて、司法改革の機運も盛り下がっていました。
しかし、それでも私は「市民に身近で利用しやすい司法を実現する」という司法改革の理念自体は正しいと考えていますし、現在起きている種々の問題の要因は、必要な改革の実践が不十分で、司法改革が目指している理念が実現できていないことが大きいと思っています。だからこそ、私は、自分自身で弁護士として「市民に身近で利用しやすい司法を実現する」ことに貢献したいと考えています。是非宜しくお願いします。